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本を読まざるをえない

やる気のないOLです。通勤中は本を読みます。

冷静と情熱のあいだーRosso・Bluー/江國香織・辻仁成

北千住は私の通勤における関門である。

そう、乗り換えだ。一回本を閉じ(るかはわからないが)、人波に飲まれつつも満員電車から満員電車へと、高い技術を持って乗り継がなければならない。

さて、そんな北千住駅ではたまに良いことがある。改札前に突如出現する、某TSUTAなんとかさんの古本市だ。お金はないが読む本は多い私、喜び勇み、いそいそと近寄って、仕事より数段熱心に物色を始める。そして、第六感に従って、これはという本を抜き取っていく。

冷静と情熱のあいだ」はそのようにして手に入れた一冊(いや二冊)である。(恥ずかしながら、二冊であるということを当初わかっていなかった。)

 

最初にご紹介しておくと、これは江國香織辻仁成による恋愛小説である。両者が交互に雑誌へ連載していくという、共作の形を取った。1999年に本として出版されるとベストセラーとなり、映画化もされた。

この作品、1993年生まれの私でも知っているほど有名ではあり、当時それほどに話題となったのであろうことがうかがえる。しかし、私は読んでみて、「あ〜昔流行ったよね、なんでだかわからなかったけど。ノリかな?」みたいな作品ではなく、とてもすばらしいと感じた。共作による何とも言えない効果がすばらしい。そして、読むならRosso→Bluの順だ。より身を入れて楽しみたいなら、Rosso→BluRossoBlu...と章ごとに交互に読むのも良いだろう。

 

主人公は一組の男女、あおいと順正物語は1995年のイタリアからはじまる。

あおいには、マーヴィンという非の打ち所のない恋人がいた。あおいのことを本当に愛しており、紳士的で、お金や物という面でも満たされている。

私は江國香織が苦手である。その確かな筆で書き出す女性のリアルな虚無感には絶望してしまうからだ。例えばあおいの場合は、毎日長いことお風呂に入り、本を読み、そしてジュエリーショップのパートへ行く。マーヴィンと結婚する気はない。打ちひしがれている訳ではないが、日常を薄く包み込む虚無感が確かにあるのだ。そしてあおいの心の中には、大学時代の恋人、順正の存在が静かに在った。

一方順正は、フィレンツェで絵の修復師をしていた。たしかな才能があり、日々絵と向かい合っていた。順正には芽実という恋人がいた。芽実の少し子どもっぽい立ち振る舞いは、とてもわかりやすく「順正が好き」ということを物語っている。しかし、順正は忘れられなかったのだ、あおいのことを。

かつて恋人だった二人には、たわいもない約束があった。10年後のあおいの誕生日に、フィレンツェのドゥオモに一緒に登ろう、というものだ。フィレンツェのドゥオモは恋人たちのドゥオモだから。あおいと順正は、「あんな約束、もう覚えていないだろう」と思いつつ、その日を心のどこかで意識している。完全に終わった恋の、その後に残された小さな約束を握りしめている二人。物語は、2000年の5月、あおいの30歳の誕生日へと向かっていく。

 

江國香織の描くRossoは、本当に「何もない」といいたくなる。あおいの日常は静かで、凪いでいて、それがどこまでも続いている。そんなあおいの心にひとつだけある情熱が、順正なのだ。

一方辻によるBluは、あおいに比べるとざっくばらんな文章でかかれている。芽実には女性として魅力を感じていること、でも唯一の人といえばあおいであること。芽実の「どうして私じゃだめなの?」という問いかけに共感する人も多いだろう(マーヴィンだって同じ立場である)。私は好きなのに、どうしてあなたは昔の人なんか気にするの?私を見て!と率直に告げる芽実の存在にはぐっとくる。

 

RossoとBlu、対比が本当に面白い。たとえば、Bluでは「あおいのことがまだ忘れられない」とすぐに順正が述べている。しかしRossoでは、本編の前に5行語られたあと、順正のことはなかなか出てこない。なかなか出てこない、というのはすごくないだろうか。感銘を受けた。ずっと日常が語られたあと、きっかけがあり順正のことが綴られ始めるのだ。才気がすごい。

二人の作家による掛け合いがこれまた絶妙で、空気感も全く異なり、二人の異なる人間の存在をリアルに想像できるのが本作のすばらしさだと思う。

また、二人は物語中、何回かすこしだけ接点を持つ。秒速5センチメートル並の切なさをもたらし、そして「この時相手はこう考えていたんだなあ」としみじみしてしまう。

 

ちなみに、竹野内豊とケリーチャンによって映画化もされた。私も観てみた。

あおいが留学生になっていたりと、多少オリジナルが入っている。

movies.yahoo.co.jp

順正による冒頭の語り口があっけらかんとしていたり、あおいの反応が思ったより淡白じゃなかったりしたが、イタリアのきれいな街並みと、あと竹野内豊かっこいい。もう一度いうけどかっこいい。そしてエンヤの音楽も素敵です。


『Wild Child』  Enya

 

さいごに、Rossoの冒頭だけご紹介する。

阿形順正は、私のすべてだった。

あの瞳も、あの声も、ふいに孤独の陰がさすあの笑顔も。

もしもどこかで順正が死んだら、私にはきっとそれがわかると思う。どんなに遠くはなれていても。

二度と会うことはなくても。

この5行だけで泣けそうだ。

苦しいほどの愛の物語である。